ビリー・ジョエルはピアノの旋律にのせて、人生の悲喜こもごもを語りかけるように歌い続けてきた表現者。「Piano Man」「Honesty」「The Stranger」などの代表曲はもちろん、アルバムを通して聴くこととで改めて見えてくる物語も少なくありません。本記事では、バラードとアップテンポの両面から名曲15選を厳選しています。
1.ビリー・ジョエルの名曲15選
(1)感情に寄り添う珠玉のバラード
①Honesty
「Honesty」は誠実さを求める切実な思いを静かに歌い上げる一曲です。アコースティック・ギターにはデヴィッド・スピノザが参加し、ロバート・フリードマンによるストリングスのアレンジも印象的です。日本ではCMでの起用が多く、ベスト盤にも日本限定で収録されるなど、特に高い人気を誇ります。
リリース | 1978年 |
収録アルバム | 『ニューヨーク52番街』『52nd Street』 |
②Just The Way You Are(放題:素顔のままで)
「Just The Way You Are(素顔のままで)」は、アルバム『ストレンジャー』からシングルカットされた、ビリー・ジョエル初のグラミー受賞曲です。
ボサノヴァ調のやさしいリズムにのせて「ありのままの君を愛している」と語りかけるラブソングとして、多くの人の心をつかんでいます。
リリース | 1977年9月 |
収録アルバム | 『ストレンジャー』 |
③Lullabye (Goodnight, My Angel)(放題:眠りつく君へ)
「Lullabye (Goodnight, My Angel)」は、ビリー・ジョエルが実の娘アレクサに贈った子守唄です。幼い娘からの「パパがいなくなったら?」という問いに向き合い、父としての愛情や永遠のつながりを静かに綴っています。深い慈しみに満ちたメロディと歌詞は、聴く人の心にも優しく寄り添います。
リリース | 1994 |
収録アルバム | 『River of Dreams』 |
④She’s Always a Woman
「She’s Always a Woman」は、柔らかなアコースティック調のラブ・バラードです。歌詞は当時の妻エリザベス・ウェバーに捧げられたもので、強さと優しさをあわせ持つ女性像を繊細に描いています。ビルボード誌では21位を記録し、日本でも人気の高い一曲となりました。美しいメロディと絶妙なオーケストレーションが、ビリーならではの語り口を引き立てています。
リリース | 1977年 |
収録アルバム | 『ストレンジャー』 |
⑤And So It Goes(放題:「そして今は…」)
「And So It Goes」は、静かなピアノ・バラードで、ビリー・ジョエルの内面を繊細に描いた楽曲です。モデルのエル・マクファーソンとの関係を背景に、壊れやすい愛と覚悟を綴るように歌われています。アメリカでは控えめなチャート順位でしたが、日本では高く評価されました。淡々としたメロディのなかに、深い感情がにじむ名曲です。
リリース | 1989年 |
収録アルバム | 『ストーム・フロント』 |
⑥River of Dreams
「River of Dreams」は1993年に発表されたアルバム『River of Dreams』の表題曲で、ビリー・ジョエルが魂の旅をテーマに描いたリズミカルなナンバーです。ゴスペル調の力強いメロディと、夢や信念を問いかける歌詞が印象的です。
ビリーにとって1990年代唯一のオリジナル・アルバムの代表曲であり、人生の終盤に向けた内省的な視点が込められています。ジャケットアートは当時の妻クリスティ・ブリンクリーによるものです。
リリース | 1993年 |
収録アルバム | 『River of Dreams』 |
⑦New York State of Mind(放題:「ニューヨークの想い」)
「New York State of Mind」では、ロサンゼルスから帰郷するビリー自身の心情が、ジャズ風のメロディに乗せて情感豊かに表現されています。シングルカットはされていないものの、多くのアーティストにカバーされ、ライブでもたびたび演奏される代表曲のひとつです。
リリース | 1976年 |
収録アルバム | 『ニューヨーク物語』 |
⑧Vienna
「Vienna」は焦りや迷いを抱える若者に「ゆっくりでいい」と語りかけるような歌詞が、時代を超えて共感を呼び、近年の若年層にも再評価されています。
ビリー・ジョエル自身もお気に入りの1曲として挙げており、Spotifyでは「Piano Man」などに次ぐ人気を誇ります。静かで優しいメッセージが心に沁みる一曲です。
リリース | 1977年 |
収録アルバム | 『The Stranger』 |
(2)時代を彩るアップテンポ&代表曲
⑨Piano Man
「Piano Man」は、ビリー・ジョエルのデビュー・シングルで、リリースから約50年が経過したいまも代表曲です。
ロサンゼルスのピアノラウンジでの実体験をもとに書かれたこの曲は、夢を抱えながら日々を生きる人々の姿を、ピアニストの視点から温かく描いています。哀愁を帯びたメロディと、語りかけるような歌詞が多くの共感を呼び、ビリーの名を一躍世に知らしめた名曲です。
リリース | 1973年 |
収録アルバム | 『ピアノ・マン』など |
⑩Uptown Girl
「Uptown Girl」は、フォー・シーズンズ風の軽快なポップナンバーです。高嶺の花である「アップタウン・ガール」に恋する青年の心情を、ビリーがファルセットを駆使して陽気に歌い上げています。
日本でもCMソングとしてたびたび使用されるなど、長く愛されている楽曲です。ドゥーワップの懐かしさと現代的な魅力が融合した一曲です。
リリース | 1983年 |
収録アルバム | 『An Innocent Man』 |
⑪We Didn’t Start the Fire(放題:「ハートにファイア」)
「We Didn’t Start the Fire」は、ビリー・ジョエル自身の生まれた1949年から40年分の世界の出来事を歌詞に詰め込んだユニークな楽曲です。
リズミカルな語り口で、戦争、政治、文化などの歴史を一気に駆け抜ける構成が印象的で、全米1位を獲得しました。教育現場でも活用されるなど、社会的インパクトも大きい一曲です。時代の流れに対する彼の視点が詰まった、異色の代表作といえます。
リリース | 1989年 |
収録アルバム | 『Storm Front』 |
⑫Only the Good Die Young
「Only the Good Die Young」は、陽気なリズムと裏腹に議論を呼んだ楽曲です。
敬虔なカトリックの少女に恋をした青年の視点から描かれた歌詞が物議を醸し、一部の放送局では放送禁止となりましたが、それがかえって注目を集めました。ビリー・ジョエル自身は「情熱の自由を描いた曲」と語っており、青春の衝動と時代性が色濃く反映された一曲です。今なおライブでも人気の高いナンバーとなっています。
リリース | 1978年 |
収録アルバム | 『The Stranger』 |
⑬My Life
「My Life」では、自分の人生は自分で決めるという力強い宣言を、軽快なメロディに乗せて歌い上げています。シカゴのメンバーであるピーター・セテラらがバックコーラスを担当し、楽曲に厚みを加えています。イントロや構成が異なるシングル版とアルバム版の違いも、ファンには興味深いポイントです。
リリース | 1978年 |
収録アルバム | 『ニューヨーク52番街』 |
⑭The Stranger
「The Stranger」は、静かな口笛から始まる独特の構成が印象的な楽曲です。「誰もが心に見知らぬ自分を抱えている」という哲学的なテーマを軸に、人間の二面性や内面の葛藤を描いています。
シングル化はされなかったものの、アルバム全体の世界観を象徴する1曲として高く評価されており、ビリー・ジョエルの深い表現力が光るナンバーです。
リリース | 1977年 |
収録アルバム | 『The Stranger』 |
⑮Allentown
「Allentown」は全米17位を記録した社会派ロックナンバーです。ペンシルベニア州の工業都市アレンタウンを舞台に、不況に苦しみながらも懸命に生きる人々の姿を描いています。
現実への憤りと希望を織り交ぜた歌詞は、多くの労働者たちの共感を呼びました。1987年のソ連ツアーでも演奏されるなど、ビリー・ジョエルのメッセージ性を象徴する一曲です。
リリース | 1982年 |
収録アルバム | 『ナイロン・カーテン』 |
2.ビリー・ジョエルの名曲に込められた想いとエピソード
(1)「Honesty」:普遍的な誠実さへの希求
Honesty is such a lonely word.(誠実さは孤独な言葉だ)
「Honesty」の歌詞のなかでビリーは、「Honesty is such a lonely word(誠実さは孤独な言葉だ)」と繰り返します。それは、誰もが本音を隠し、建前で生きる現代社会において、信じられる人を探すことの難しさと誠実でありたいという理想との狭間で揺れる心情を、率直に表現したものです。
華やかさや甘い言葉ではなく、たった一人の信頼できる存在を求める気持ち。ビリーの繊細なピアノと、どこか脆さを含んだ歌声が印象的な一曲です。
(2)「Just The Way You Are」:ありのままの愛
I love you just the way you are.(君が今のままの姿でいてくれることが、僕にとって一番大切なんだ)
「Just The Way You Are」は、ビリー・ジョエルが最初の妻エリザベスに贈った誕生日プレゼントとして書かれたラブソングです。
無理に変わろうとせず、自然体のままでいてほしいという想いが、飾らない言葉で綴られています。邦題「素顔のままで」はやや直訳的ですが、求めていたのは“すっぴん”ではなく“本当の姿”でした。誠実で優しい愛のメッセージが、多くの人の心に響く名曲です。
(3)「Piano Man」:孤独な人々の心の拠り所
Making love to his tonic and gin.(いつだってまずジントニックだ)
「Piano Man」は、ビリー・ジョエルがロサンゼルスのバーで“ビル・マーチン”という偽名を使いながら演奏していた実体験をもとに書かれた曲です。
登場する客やウェイトレスも、当時の実在の人物たちで、ウェイトレス役は後に最初の妻となるエリザベスだとされています。夢や孤独を抱えて集まる人々を、静かに見守るピアニストの視点が温かく、切なく響きます。まさに、人生に寄り添う“心の拠り所”のような楽曲です。
(4)「New York State of Mind」:故郷への深い愛情
Don’t go changing to try and please me.(僕を喜ばせるために、自分を変えようとしなくていいよ)
「New York State of Mind」は、旅や田舎暮らしを経てもなお都会に生きる自分を再確認し、ニューヨークへ戻ろうとする心情を描いた楽曲です。ブロンクス生まれのビリー・ジョエルにとって、ニューヨークは単なる故郷ではなく、複雑なルーツや家族の歴史をも含む、自分らしさを取り戻せる原点でもありました。ビリーにとって、都市の雑踏はどこか安心できる場所だったのかもしれません。
(5)「The Stranger」:人間の裏の顔と向き合うということ
Well, we all have a face that we hide away forever,
And we take them out and show ourselves when everyone has gone.(誰もが、永遠に隠していたい顔を持っている。
だけど、人がいなくなったときにだけ、そっとその顔を取り出して自分をさらけ出すんだ。)
「The Stranger」は、誰もが心の奥に抱える“もうひとつの顔”と向き合うことをテーマにした内省的な楽曲です。
アルバムジャケットに写るビリーが見つめているのは日本の能面で、仮面の奥にある本当の自分という象徴として選ばれたとも言われています。
印象的なイントロの口笛は、実はビリー本人がリハーサル中に吹いたものを、プロデューサーのフィル・ラモーンがそのまま採用したという逸話も残されています。都会的で洗練されたメロディに、哀愁と葛藤がにじむこの曲は、人間の複雑さに静かに寄り添うような一曲です。

イントロの口笛は一部音域が高くてなかなか難しいです…
3.名盤で味わうビリー・ジョエルの世界観
ここでは、代表的なアルバムを取り上げながら、ビリー・ジョエルの音楽世界の深さを辿ってみます。
(1)『The Stranger』(1977年)

『The Stranger』は、ビリー・ジョエルの代表作として広く知られており、「Piano Man」以降の新たなステージを切り拓いた名盤です。プロデューサーのフィル・ラモーンとの初タッグにより、フォーキーな作風から一転、洗練されたバンドサウンドと都会的なアレンジが導入されました。
現代人の孤独や心の揺らぎを、物語性のある歌詞と多彩なメロディで描き出し、彼の音楽性の幅広さを決定づけた一作です。「Just the Way You Are」「The Stranger」「Movin’ Out」などの名曲を通じて、ニューヨークという街とそこに生きる人々の心情を鮮やかに映し出しています。
1 | Movin’ Out (Anthony’s Song) |
2 | The Stranger |
3 | Just The Way You Are |
4 | Scenes From An Italian Restaurant |
5 | Vienna |
6 | Only The Good Die Young |
7 | She’s Always A Woman |
8 | Get It Right The First Time |
9 | Everybody Has A Dream |
(2)『52nd Street』(1978年)

『52nd Street』は、『The Stranger』で飛躍を遂げたビリー・ジョエルが、さらに都会的で洗練された世界観を深めた6作目のアルバムです。1978年のリリースと同時に全米チャートで8週連続1位を獲得し、翌年のグラミー賞では最優秀アルバムなど主要部門を受賞しました。
名バラード「Honesty」や、爽快なポップロック「My Life」などのヒット曲に加え、ジャズ・ミュージシャンたちとの共演により、一層奥行きのあるサウンドに仕上がっています。アルバムタイトルは、かつてニューヨークのジャズシーンを象徴した“52丁目”にちなんでおり、ビリーのルーツと進化が交差する傑作です。
1 | ビッグ・ショット |
2 | オネスティ |
3 | マイ・ライフ |
4 | ザンジバル |
5 | 恋の切れ味 (スティレット) |
6 | ロザリンダの瞳 |
7 | 自由への半マイル |
8 | アンティル・ザ・ナイト |
9 | ニューヨーク52番街 |
(3)『An Innocent Man』(1983年)

『An Innocent Man』は、ビリー・ジョエルが自身の原点である1950〜60年代のポップスに回帰し、その魅力を現代風に昇華させたアルバムです。
フォー・シーズンズへのオマージュとも言われる大ヒット曲「Uptown Girl」をはじめ、「The Longest Time」や「Leave A Tender Moment Alone」など、若き日の恋や喜びを描いたナンバーが並びます。
軽やかなメロディの数々は、当時のニューヨークの空気感を思わせ、ビリー自身が楽しんで音楽を奏でている様子が伝わってきます。多くのヒット曲を生んだこのアルバムは、彼のキャリアにおいても特別な一枚です。
1 | Easy money |
2 | Innocent man |
3 | Longest time |
4 | This night |
5 | Tell her about it |
6 | Uptown girl |
7 | Careless talk |
8 | Christie Lee |
9 | Leave a tender moment alone |
10 | Keeping the faith |
4.ビリー・ジョエルの音楽が愛され続ける理由

1970年代から現在に至るまで、ビリー・ジョエルの音楽は幅広い世代に愛され続けています。その理由は、ヒット曲の多さや時代性だけでは語りきれません。
ここでは、ビリー・ジョエルというアーティストが、なぜこれほど長く多くの人の心に響き続けるのか、その魅力をあらためて紐解いていきます。
(1)卓越したピアノ演奏技術
ビリー・ジョエルはシンガー・ソングライターとしてだけでなく、ピアニストとしても高い評価を受けています。クラシック音楽に通じたしなやかな指運びと、ロックやポップスのエネルギーを併せ持つ彼の演奏は、聴き手の心を自然に惹きつけます。
代表曲の多くがピアノを中心に構成されており、優しさと哀愁、ユーモアと憂い、それらをすべて鍵盤で表現できるのは、音楽的な教養と演奏技術を兼ね備えているからにほかなりません。
さらにビリーのピアノへの愛情は今も変わらずなようで、最近では路上に捨てられたピアノを偶然見つけてヘルメット着用したまま即興で弾き始める姿がSNSで拡散されています。「捨てられるなんて残念だ」と通行人に語り掛けていたらしく、その様子に「やっぱり彼は“ピアノ・マン”だ」と世界中のファンを喜ばせました。
(2)人生の機微を描く歌詞の世界
ビリー・ジョエルの楽曲は、心の奥にしまってきた感情を、まるで短編小説のように描き出します。誰にでも起こりうる出来事や、人間関係のもつれ、過ぎ去った青春への郷愁などが静かに、しかし力強く綴られています。
たとえば代表曲「Piano Man」では、バーに集う人々の孤独や願いが一人ひとり丁寧に描かれ、人生の浮き沈みをドラマチックに表現しています。日々向き合う感情をそのまま映し出してくれるからこそ、世代を超えて共感され続けています。
(3)多様な音楽ジャンルを取り入れたサウンド
ビリー・ジョエルの音楽は、ポップやロックにとどまらず、ジャズ、クラシック、ドゥーワップ、R&B、ブロードウェイ風のバラードに至るまで、驚くほど多彩なジャンルを横断しています。
たとえば、『52nd Street』ではニューヨークのジャズ文化に根ざした洗練されたサウンドを展開し、『An Innocent Man』では1960年代のポップスやソウルを現代風に再解釈。クラシック音楽の素養に支えられた構築力とメロディメーカーとしてのセンスが、どのジャンルにも自然に溶け込んでいます。
テクニックと繊細な感性、そして多彩な着眼点を有しながらも語り手としての視点は一貫しているからこそ、ビリー・ジョエルの音楽は幅広いリスナーの心に届いています。
5. まとめ
「Honesty」に代表されるような、人間の内面を深く掘り下げた楽曲から、「Uptown Girl」のような、聴く者を躍らせるようなアップテンポな楽曲まで、いつ聴いても新たな気づきがあり、何年経っても色あせない。そんなビリーの音楽に、改めて心を傾けてみませんか。
筆者は専門学校生の頃に初めて「The Stranger」を聴き、グルーヴィーなのにどこか孤独な世界観の格好良さに酔いしれ、それがきっかけでビリー・ジョエルをひたすら聞きました。キャリア初期の甘い声も素晴らしいですが、近年の太い歌声もたまりません。