ジョニー・ウィンターを聴くならこの名曲がおすすめ!経歴や魅力も詳しく紹介します

ジョニー・ウィンターの異名は「100万ドルのギタリスト」。レコード会社が彼に付けたキャッチフレーズと高額な契約金でそのような異名になりました。しかし興味はあっても「どの曲から聴けば良いのかわからない…」という方もいらしゃっるはず。

この記事では、ジョニー・ウィンターの魅力や彼に関する情報とともに彼の名曲を紹介します。

この記事でわかること
  • ジョニー・ウィンターをとりあえず聴くならこの曲
  • ジョニー・ウィンターの経歴
  • ジョニー・ウィンターの日本公演の様子
  • ジョニー・ウィンターの魅力
  • 好みに応じたおすすめアルバム

ジョニー・ウインターの経歴

リオ

とりあえずジョニー・ウィンター聴いてみたいなら、「Rock and Roll, Hoochie Koo」がおすすめです

ジョニー・ウィンターの音楽を先に聴いて、あとから姿を見た方は驚かれるかもしれません。ブルージーな曲調や力強さのある歌声は、まるで黒人。しかし、彼は白人です。また、アルビノでもあります。

ブルースと当時の時代背景

ブルースは現在でこそ素晴らしい音楽として愛されていますが、黒人たちの苦難の歴史で生まれた音楽です。人種差別が色濃かった時代には、ブルース自体も黒人音楽とも差別されました。

しかし、ブルースがなければ現代の音楽はありません。なぜなら、ブルースからさまざまな派生ジャンルが生まれたためです。ジャズやロックンロールのルーツを辿ると、ブルースに行き着きます。

ジョニー・ウィンターの音楽は、白人からも黒人からも愛されました。ブルースの名手マディ・ウォーターズから「俺の息子」と呼ばれるほど。さらに、ジョニー・ウィンターははBBキングの愛器「ルシール」を飛び入り演奏で演奏したこともあります。

ここでは、ブルース・ロック、ロックンロールを生涯に表現し続けたジョニー・ウインターの濃密な経歴を詳しく紹介します。

ジョニー・ウインターの子ども時代

ジョニー・ウィンターは1944年2月23日、アメリカのミシシッピ州に生まれました。幼少期にはクラリネットを演奏してましたが、ウクレレになり、最終的にはギターへ。

ジョニー・ウィンター少年はチャック・ベリーBBキングマディ・ウォーターズの影響を受けながら、すくすく成長ます。弟のエドガー・ウィンターとバンドを組んで、地元テキサスのバンドコンテストに出場するように。

早くも天才ギタリストとして知名度を獲得します。15歳で既に地元レーベルから、複数のシングルをリリースしました。

MEMO
若かりし頃にリリースしたシングルを集めたアルバム『Winter Essentials 1960-1967』が後に発売されました。

100万ドルのギタリストとしてスタート

24歳辺りで、デビュー・アルバム『The Progressive Blues Experiment』をリリース。全曲で濃厚なブルースを披露しています。BBキングのカバー「It’s My Own Fault」も収録されました。

25歳になると、大手コロムビア・レコードとの契約が確定(現代風に言うと、大手芸能事務所との契約というニュアンスです)。ソロデビューアルバム『Johnny Winter』を発表します。

「100万ドルのギタリスト」はここから
レコード会社がジョニー・ウィンターを売りこむ時に使用したキャッチフレーズが「100万ドルのブルースギタリスト」でした。レコード会社との契約金が高額だったことも加えて、後にもと呼ばれるようになります。

アルバム『Johnny Winter』には、弟エドガー・ウィンターもサックスやピアノで参加しています。さらに、伝説のミュージシャンが多数出演したウッドストックにも出演。1970年にメジャーデビュー後2枚目のアルバム『Second Winter』を発表しました。人気ギタリストとして、順調にキャリアを積みます。

20代で「ジョニー・ウィンター・アンド」を結成

ジョニー・ウィンターは1971年、人気ギタリストのリック・デリンジャーと「ジョニー・ウィンター・アンド」を結成。弟のエドガーもキーボードで参加しました。そして、アルバム『Johnny Winter And…』をリリースします。

『Johnny Winter And…』の主軸は、ロック。リック・デリンジャー作曲、ジョニー・ウィンターの名曲として知られる「Rock and Roll, Hoochie Koo」が誕生します。すべてが順調でした。

しかし、突然やってきた大成功や過密スケジュールによって、ジョニー・ウィンターがドラッグ中毒に陥ります。1973年に『Still Alive And Well』を発表した際、ドラッグとの決別と復活を宣言しました。

リオ

ロック色の強いジョニー・ウィンターが聴きたい方には「ジョニー・ウィンター・アンド」がおすすめです

自主レーベル「ブルー・スカイ」ブルース色が再び濃くなる30代以降

ジョニー・ウィンターは、当時のマネージャー、スティーヴ・ポールが設立したレーベル「ブルー・スカイ」へ移籍。利益優先の音楽業界に疲弊したためでした。ここで名作アルバム『Nothin’ But the Blues』が誕生。さらに、ブルー・スカイからマディ・ウォータースのアルバム『Hard Again』をリリース。

マディ・ウォータースが亡くなるまで、4枚のアルバムを共同制作しています。しかし、配給元のコロムビア・レコードとの関係性が悪化。1980年のアルバム『Raisin Cain』でブルー・スカイからのリリースは終了します。

1980年代にブルースのレーベルとして有名なアリゲーター・レコードに在籍します。濃厚なブルースが感じられるアルバムを3枚発表。

1990年代から体調悪化により演奏活動から遠のく

1990年代には、『Let Me In』を含む3枚のアルバムをリリースします。その後、愛機ファイヤーバードが持ち上げられないほどに体調が悪化。ここから、演奏活動が徐々に減少します。

2004年にスタジオ・アルバム『I’m A Bluesman』を12年振りにリリース。7年後の2011年ブルース曲のカバーアルバム『Roots』を発表しました。

そして2014年7月16日、滞在先のスイスチューリッヒのホテルで亡くなります。ジョニー・ウィンターは、70歳で生涯を終えました。

亡くなった2か月後にアルバム『ステップ・バック〜ルーツ2』を発表。前作のカバーアルバムと同様、カバー曲も多く収録されています。

ジョニー・ウィンターは来日公演している

ジョニー・ウィンターは、2011年・2012年・2014年に来日公演をしています。2011年の初来日は、ドラマーにヴィト・リウッツィ、ベースにスコット・スプレイ、ギターにポール・ネルソンというメンバーです。

当時ジョニー・ウィンターは、60代後半。ヨタヨタと現れたジョニー・ウィンターには、ステージに現れる時には女性スタッフが付き添っていました。しかし、凄まじい演奏で会場は大盛り上がり。

「日本のファンは大人しいと聞いてたけど、盛り上がってくれてびっくりしたよ。ロックン・ロールをわかってるんだね。嬉しいよ!」とジョニー・ウィンター本人も喜んでいました。

MEMO
1990年に来日が予定されていたものの、薬物持ち込みにより直前でキャンセル。ジョニー・ウィンターの来日を待っていたファンも多かったはずです。

フレディ・キングの「Hide Away」から始まります。「Good Morning Little School Girl」など、オリジナル曲も披露。他にもチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」やマディ・ウォーターズの「Got My Mojo Workin」など13曲を演奏しました。

ジョニー・ウインターの魅力とは

ここでは、ジョニー・ウィンターの具体的な魅力を解説します。

「フィンガーピッキング」「スライドギター」テクニカルな奏法

ブルースカイ移籍後の1975年に発表されたアルバム『John Dawson Winter III』の邦題は『俺は天才ギタリスト』です。物凄い邦題ですが、ジョニー・ウィンターはまさに天才ギタリスト。テクニカルでいて、多様な表現を用います。

ジョニー・ウィンターのスタンダードスタイルは、サムピックとフィンガーピッキング(指弾き)、スライドギター(ボトルネック)も登場します。つまり、かなりトリッキー。

指弾きはニュアンスの表現が多様になるものの、コントロールの難しさやピック弾きよりも速さが追求しにくくなるなど、デメリットも多い奏法です。ジョニー・ウィンターは、鮮やかに演奏しています。

さらに、スライドギターも注目です。ジョニー・ウィンターのスライドギターを堪能したい方は「TV Mama」や「Dallas」を聴いてみましょう!

ギブソン「ファイヤーバード」の人気ギタリスト

ファイヤーバードは、主にブルースを演奏するギタリストに愛用されています。今でこそギブソンを代表する人気モデルですが、1969年に生産停止。デザインが斬新すぎたからだといわれていました。

しかし、ファイヤーバードを愛用するジョニー・ウィンターの人気とともに、ファイヤーバードの人気は再熱します。そして1972年に再生産。

2021年には、ギブソンカスタムショップからジョニー・ウィンターが愛用したモデルを再現した「ジョニー・ウィンター 1964 ファイアーバード V」も発売されました。ジョニー・ウィンターの影響力は、現在も絶大です。

ブルースを愛するスピリッツ

ジョニー・ウィンターは、白人です。さらにアルビノであったために、差別や視覚障害に苦しみました。それでも、華奢な身体からは想像できないほど、パワフルな音楽を生涯にわたって表現し続けます。

ジョニー・ウィンターはさまざまな音楽ジャンルを表現しましたが、いつもブルースに戻っていました。いつも根底にはブルースがあったのかもしれません。

2011年の「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」では、63位にランクインしました。さらに、ジョニー・ウィンターが亡くなった2015年にリリースされたアルバム『ステップ・バック〜ルーツ2』は、グラミー賞の最優秀ブルース・アルバム賞を受賞。

ハンディキャップをものともせず、大きな功績を残しています。

ジョニー・ウィンターの名曲からブルースを感じてみよう!

この記事では、ジョニー・ウィンターの名曲を中心にジョニー・ウインターの経歴と魅力を紹介しました。

ジョニー・ウィンターの名曲とおすすめアルバム
  • とりあえず聴くなら「Rock and Roll, Hoochie Koo」がおすすめ
  • メジャーデビュー前のシングルが聴きたいならアルバム『Winter Essentials 1960-1967』
  • ブルース色の強めが好みなら『The Progressive Blues Experiment』『Nothin’ But the Blues』『Guitar Slinger』『Serious Business』『Third Degree』『Roots』『ステップ・バック〜ルーツ2』
  • ロック色強めが好みなら『Johnny Winter And…』
  • スライドギターが聴きたいなら「TV Mama」や「Dallas」がおすすめ

ぜひ、ジョニー・ウィンターのブルースを感じてみましょう!

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