ランディ・ローズは、わずか25年という短い生涯の中で、数々の伝説を残したギタリストです。彼の凄さは、単なる速弾きの上手さにとどまりません。クラシックの素養を取り入れた美しいメロディー、オジー・オズボーン・バンドでの鮮烈な活躍、そして死後40年以上経った今もなお語り継がれるその存在感が挙げられます。
本記事では、ランディ・ローズの経歴や使用ギターはもちろん、「なぜこれほどまでに愛され、称えられるのか?」という凄さの本質に迫ります。
目次
1.ランディ・ローズはなぜ伝説となったのか?その凄さを紐解く

唯一無二の音色と表現力で、ロック史に深く刻まれたランディ・ローズ。その名前は今なお世界中のファンの心に生き続けています。
ここでは、ランディ・ローズの凄さを多面的に捉えながら、彼がなぜこれほどまでに語り継がれる存在となったのかを紐解いていきます。
(1)ギターテクニックと美しいメロディー
ハードロックの持つ荒々しさと、クラシック音楽の美しさ。
この一見対照的な要素を、高い次元で融合させたのがランディ・ローズでした。ロックギターの迫力あるテクニックと、クラシック由来の緻密な表現力。さらにチョーキングやビブラートといった王道の奏法に加え、当時注目を集めていたタッピングも積極的に取り入れるなど、技術面でも非常に先進的でした。
その音色は、技巧に走ることなく、聴く者の感情を揺さぶる表現力を持っていました。まさに美しさで魅せるロックギターを体現した存在です。
(2)みんなから愛される天使だった
ランディ・ローズとオジー・オズボーンは、天使と悪魔だと例えられます。一方でオジーは、もはや悪魔を通り越して闇の帝王とも……。対してランディ・ローズは、外見と内面どちらも人々から愛される天使のような人物です。
ランディ・ローズの身長は170cmだったといわれ、欧米の男性にしてはやや小柄で華奢な体型、そして整った甘いマスク。破天荒なオジーの隣で見た目から想像もつかないエネルギッシュなギターを奏でると、男女関係なく心が奪われました。お互いがお互いを引き立てあうとは、まさにこのこと。
さらに、紳士的で優しい人柄の持ち主でもありました。インタビューでランディ・ローズについて聞かれたオジーも「ナイスなやつだった」と語っています。
(3)大きな可能性を秘めていた
ロックやギター、音楽を愛する多くの人が「もしランディ・ローズが生きていたらどんな音楽をやっていたのだろう……」と考えてしまいます。ランディ・ローズの存在は、それほど強烈でした。
ランディローズは、ハードロックギターの進化に大きく貢献した人物です。ローリングストーン誌が選出した「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」では85位にランクイン。2011年の改訂版には36位に上昇します。さらに、2021年にはロックミュージシャンの最高名誉であるロックの殿堂入りを果たしました。
2.ランディ・ローズの生涯と音楽に刻まれた伝説
ランディ・ローズはわずか25年という短い人生の中で、これほど多くの人々に影響を与えました。
ここでは、ランディ・ローズの経歴を時代ごとに分けて解説します。
(1)ランディ・ローズの子ども時代

ランディ・ローズは1956年12月6日、アメリカのカリフォルニア州・サンタモニカで誕生しました。ギターとの出会いは7歳。祖父からアコースティックギターをプレゼントされたことがきっかけで、ギターを弾き始めました。
当時はエルヴィス・プレスリーが一世風靡していた時代で、多くの人が魅せられたようにランディ・ローズもエルヴィス・プレスリーに憧れます。
8歳でロックギターに目覚めたランディ・ローズは母親が経営していた音楽学校でエレキギターを習い始め、12歳で講師から「もう教えることがない」と言われるほどの腕前に。10代後半で母の経営する音楽学校の講師を務めるようになります。10代後半以降のランディ・ローズは、ひたすらリッチー・ブラックモアをカバーしていたようです。
(2)クワイエット・ライオットに在籍

ランディ・ローズはオジー・オズボーンのギタリストとして有名ですが、キャリア初期には自身で創設したクワイエット・ライオットというバンドに所属しています。
20歳前後になる1977年にクワイエット・ライオットでデモテープを作成し、アメリカではなく、日本でもデビューを果たしました。1978年3月にデビューアルバム『静かなる暴動』が日本でリリースされ、同年に2枚目のアルバム『暴動に明日はない』もリリースします。
しかし、アメリカでは未発表のままでした。さらに音源リリースのみで日本でのライブは行わず、クワイエット・ライオットは消滅しました。
(3)オジー・オズボーン・バンドに在籍~早すぎる死
オジー・オズボーン・バンドのボーカルであるオジーはランディ・ローズに運命を感じて、すぐバンドに引き入れました。
1980年にファーストシングル「Crazy Train」を発表。同年にはアルバム「BLIZZARD OF OZZ」の発表とともに、全英ツアーを決行します。「BLIZZARD OF OZZ」は、全英チャート15位を獲得しました。ランディ・ローズは、人気バンドのギタリストとして、有名になります。
1981年にはセカンドアルバム「DIARY OF A MADMAN」を発表。この頃にはイギリスだけでなくアメリカでも人気を博しており、さらに全米ツアーも実施。飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していましたが、1982年にランディ・ローズは飛行機事故によって25歳で帰らぬ人となりました。
3.ランディ・ローズの凄さを体感できる代表曲たち

ここでは、ランディ・ローズの魅力に浸れる代表曲を紹介します。
(1)「Mr. Crowley」OZZY OSBOURNE
「Mr. Crowley」が発表されたのは1980年。現在も、ロックギターを極めたい方の多くがコピーしているのではないでしょうか。
ギターソロは深いビブラートとシーケンスフレーズが中心。いかにもミドルテンポのハードロックといった雰囲気が感じられます。
(2)「Crazy Train」OZZY OSBOURNE
「Crazy Train」も1980年に発表されました。ハードロックらしいマイナーなリフから始まりますが、キャッチーな雰囲気も併せ持つ不思議な曲です。
さらに、どことなくクラシカルな雰囲気を感じられるギターソロにも注目。ギターソロは使うスケールで雰囲気が変わりますが、ここでクラシックで使われる音使いが取り入れられています。明るさと暗さ、ロックとクラシカル。まさに、いろいろな要素が詰まったクレイジーな曲です。
(3)「Dee」Randy Rhoads
「Dee」は、ランディ・ローズが母親に捧げた曲です。ランディ・ローズがクラシックギターで演奏しています。ロックの道を突き進んだランディ・ローズですが、晩年はクラシックギターを学びたがっていたそうです。
クラシックギターは、演奏者の強弱がダイレクトに感じられます。音使いだけでなく、ニュアンスからも優しさや温かみが感じられる曲です。
4.ランディ・ローズの使用ギター

ここでは、ランディ・ローズが使用していたエレキギターを紹介します。
(1)ギブソン/レスポール・カスタム

ギブソンのレスポール・カスタムは、ランディ・ローズが最も長く愛用したエレキギター。1964年製と言ってたようですが、実際には1974年製といわれています。アイボリーのボディに黒のピックガード、ゴールドパーツでピックアップカバーは装着されたままでした。
(2)オリジナル/フライングV

オジー・オズボーンに加入する辺りの1979年。ランディ・ローズがカール・サンドヴァルというクラフトマンにオーダーしたフライングVです。1度見ればかなり印象に残るギター。というのも、全体が黒白の水玉模様なうえに、ヘッドの形も一般的なフライングVとは異なる形状で目立ちます。
(3)ジャクソン/ランディV
ランディVは、ランディ・ローズが亡くなる1年前に考案。前衛的なモデルのギターを多く発売しているギターメーカー・ジャクソンで作られました。フライングVとやや似ているものの、ボディ先端の尖り具合やヘッド、先端の長さが異なります。
5.まとめ:ランディ・ローズは現在も多くの人を惹きつける伝説のギタリスト
ランディ・ローズは、現在も多くの人が愛する魅力に溢れたギタリスト。ランディ・ローズは早くに世を去ってしまいましたが、彼の遺した作品は時を経ても色褪せません。ぜひ、ランディ・ローズの素晴らしさに触れてみましょう。